その後(下)です。結構 長く、重たい話しになります。そして、だいぶんイタイことも書きます(笑)。
我が家を担当されている現場監督さんは年が私のひとつ下です。施主目線で見れば 少々頼りない面もありますが、とても真面目な良いひとです。3ヶ月前の地鎮祭で この人の声が響いたことを今でもはっきり覚えています。
監督を施主目線で見なければ、どうなのでしょう?・・・たぶん、真面目で裏表があまりない、やさしい人なのかなぁと思います。
今回の打設方法違いの件に直面して、自分自身の中で色んなことを考えました。
- 何千万の借金をして家を建てるということ
- 人生何年か分かりませんが、35歳の男として、人生の半分を生きてきたこと
- これからどう生きて行きたいか?
- 何が我慢できて、何が我慢できないことなのか?
- 1番大切なことは何なのか?
- ete…
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話しは戻ります・・・
統括管理者の○○さん、現場監督の○○さん を会議室に通してもらい、 私もいざ会議室へ。
一条さんが話す前に 先に断りを入れ、自分の意見をまず述べさせてもらいました。
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『・・・我家の建築中に発生した すべての問題は、理由は何であれ、施主である、私の責任と思ってます・・・。』
それと、『監督の○○さんには 最後の最後まで、私と一緒に家作りをお願いします・・・』
『我が家の建築に携わる人たちが みんな笑顔でなければ、いくら立派な家を建ててもらっても 私たち家族には何の価値もないのです・・・。なので 楽しく家作りが出来るよう、是非 協力お願いします・・・』
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どう受け取って頂いたかは分かりませんが、自分で出した答えが↑の結論でした。それ以上、それ以下もなく、自分が一晩考えたあげく、出た答えがこれでした。
一条さんから、今回のトラブルの説明、基礎に対する強度試験、基礎に問題があった場合の修復の意思があることの説明、これからの体制と管理の説明をしてもらいました。
紳士的に対応して頂けると聞き、納得できました。
気になる基礎の出来ですが、立ち上がり打設後に型枠を取外してからの確認となりますので、当分先になると思います。4Week後。
私と一条さん、共通の認識なのですが、打設方法が予定と違っていた事実はどうにもなりませんが、致命的欠陥があると決まったわけでも、手抜き工事をしたわけでもないので、今現在において、駄目な基礎と悲観的に嘆く必要はないので、妄想と現実はきちんと切り離して整理しないといけません。
もうひとつ、4week後の強度試験を実施して頂けることになったのですが、出来、不出来の判断に対して、どこまで信憑性があるのか?この部分には強度試験をやっても意味がないことをしっかり理解しておかねばなりません。
強度試験と言っても、たかだか表面の強度を測定するだけなので、例え検査結果で設計強度が出ていたとしても、内部が問題ないかは測定のしようがありません。こういった検査は まず適切な打設方法を守った上で初めて意味があるものなので(内部と外側が同じように強度が出ていると仮定した試験)、たとえ強度が出てても問題ないとは決して言えません。表面強度が低かったら尚のこと大問題となります。
あとの細かい話は割愛します。
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以下、自分の考えと 反省。(あくまで私個人の考えなので・・・)とめどなく書いていますので、読み飛ばしてください。
私は現在35歳、家作りはコレまでの人生と、これからの人生を繋ぐものだと思って取り組んでいます。もちろん後悔しないよう納得の行く家作りを目指しています。
家の構造、建築の不具合、出来ばえもそうですが、施主としての姿勢、現場の雰囲気、HMとの関係、携わって頂く方々への感謝と 家作りの喜びも大切にしたいと思っています。
家作りに完璧(100点)は求めませんが、後悔だけはしたくありません。70点であればいいのです。
家は もの凄い部品と もの凄い工程、もの凄い人間の数、多くの不安定要素が介在して、成り立っているモノなので、どうしても不具合や手違い、バラつき が出てきます。遅ければ致命的になるでしょうし、早ければカスリ傷で済むかも知れません。だから、家作りにあたっては知識準備とトラブルの予見、事前のリスクの洗い出しが重要となります。HMの家作りに 自分自身が施主の権利を持って介在することで、自分の家に致命的欠陥が発生しないようにしたい。ただそれだけです。
一条の上にあぐらをかくことなく、持てるエネルギーと知力を振り絞って、家作りに臨もう。全ての責任が自分にあると思って立ち向かえば、きっと良い家が出来るはず。
全ての責任は やっぱり自分です。自分の家を 自分が判断して建てるのです。選択肢は星の数ほどありますし、実際にたくさんありました。その中から自分が選んだのです。だから、結局は自分の責任なのです。(だって自分達が住むんですからね)
どうにもならない事が、自分にも手に負えないことが発生したら、それこそ最後の手段になりますが、出来る限りにおいては皆がハッピーになる道を選ぼうと思います。
ただ、何でもかんでも自分では無理なので、家の責任は自分、契約上の義務は一条にあると思っています。(義務って曖昧ですが・・・)、責任と言えば、一条には社会的な企業責任もあるでしょうね。
その分、厳しいことも言わなくちゃいけないし、嫌な思いもさせるかも知れない。皆で笑うには 何より自分が1番しっかりしなくちゃいけない。
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今回の件は 自分の中で ちょっとした分岐点でした。今回のことで、また多くのことを学べたと思います。裕福な日本社会で生活し、贅沢品の家を建てる。視点を変えてみれば、どんなことであれ、良かったと思えば、良かったことになるのです。
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次回記事は 我が家の基礎に対して、問題あるのか?なさそうなのか? 素人なりにリスク分析をしてみたいと思います(笑)。
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